北海道は数十年前のドイツと似ている

日本で唯一セントラルヒーティングが普及している北海道の新築は、数十年前のドイツの新築と似ています。ペアガラス入り樹脂枠窓、灯油ボイラーによる温水パネル式セントラルヒーティングが共通点です。
最近のドイツの新築と比べると、基本性能で大きく後れを取ってしまいました。ドイツの新築では3層LowEガラス入りの高性能樹脂枠窓、熱交換器型換気、30㎝厚の外壁断熱層が一般的になっています。日本が足踏みしている間に大きな差が出来てしまったのです。
スタートではスウェーデンに後れましたが、今やドイツの新築はスウェーデン以上の性能を持つようになっています。

日本でセントラルヒーティングが普及しなかった理由 – 地産のエネルギーが無く、石油危機が起きたから

1960年の日本の国民所得は英国の半分ほどでしたが1970年にイタリアに追いつき、1980年にはドイツやフランスと肩を並べるようになりました。
イギリスでのセントラルヒーティングの普及は1960年頃に始まり、1990年の普及率は80%になりました。もし1970年代の石油危機が無ければ、日本でも1970年頃に普及が始まっていたかもしれません。価格が高騰した石油でのセントラルヒーティングは燃料費が高すぎるため、一般市民には手が出ません。ヨーロッパでは安い天然ガスの生産が始まり、需要の開拓がはじまっていたのです。ヨーロッパに安価な天然ガスが無かったら、普及は大幅に遅れていたかもしれません。当時のヨーロッパの建物は無断熱に近く、暖房には膨大なエネルギーを必要としました。
石油危機を機に、日本では省エネ意識が高まり、セントラルヒーティングには贅沢と浪費と言うイメージがついてしまいました。

日本式部分間歇暖房の発展 – ヨーロッパと違う方向に進んだ日本

ヨーロッパで本格的にセントラルヒーティングが普及し始めた1970年頃、日本では石油ストーブの普及が続いていました。同時期に冷房用ルームエアコンの普及が始ります。1980年頃から冷暖房用機種が主流になり、灯油・ガス温風式ヒーターの普及も始まりました。石油ストーブはこれら新しい暖房機器に置き換えられ、1980年をピークに設置台数が減少していきます。ルームエアコンの普及は着実に進み、2000年に世帯当たり平均所有数が2台を超え、2020年には3台弱まで伸びています。1人当たり1.3台以上と言う驚異的な普及率です。

世帯当たりの設備所有台数の変遷

暖房と冷房が必要な日本では、ルームエアコンは理にかなっています。トップランナー制度による省エネ化の誘導と、メーカー間の激しい競争により、効率は上がり価格は下がっていきました。価格の低下により設置台数は着実に増え、関東以西では標準的な設備となりました。主要先進国中、暖房エネルギー消費が最も低い理由の一つでもあります。
北海道以外ではセントラルヒーティングは普及しませんでしたが、子供部屋や寝室にも個別冷暖房機器が設置され、一室間歇暖房から全居室間歇冷暖房に変わっていきました。日本のルームエアコンは断熱性能が低い家でもエネルギー消費を抑えながらそれなりの住環境を実現する事を可能にしました。1970年代から始まった技術革新により、日本のルームエアコンは世界で最も効率が高く、静かで、使いやすく、低価格になりました。既存住宅にも設置が簡単で、暖房と冷房が出来、一台単位で増設出来る夢の様な設備です。都市ガスが無い地域でも使用でき、立ち上がりが早いのも魅力です。

世界中に普及した日本型高性能ルームエアコン

セントラルヒーティングが温水式パネルヒーターと安価なガスによってヨーロッパで普及したように、日本では世界最高性能のルームエアコンによって全居室間歇冷暖房が普及し、標準的な冷暖房方式となりました。アメリカで発明されたエアコンは日本で進化し、「ルームエアコン」と言う完成形になりました。特徴としてはインバーターの採用による省エネ、快適性、静粛性の実現とセパレート方式にすることで外壁に小さな穴を開けるだけで取付が出来るようになりました。メーカー同士の激しい競争と量産効果によって価格も大幅に下がりました。

世界の年間エアコン販売台数

日本のルームエアコンはその性能ゆえに、冷房が必要な世界中の国々に普及し、今や世界標準となっています。唯一の例外はアメリカです。日本式ルームエアコンも普及していますが、米国メーカー製の効率が低いヒートポンプ式大型セントラルエアコンも多く設置されています。ヨーロッパ、アジア、アフリカ、南米と違い、日本式ルームエアコンが普及する前に既に大型ルームエアコンが普及していたためです。この状況は樹脂枠窓と似ています。ドイツ型高性能樹脂枠窓はヨーロッパを中心に近隣地域でも標準的な窓となりました。例外は北米と日本です。性能は落ちるものの、既に国産メーカーが樹脂やアルミ枠の窓を大量供給して、取付方法や流通システムが確立されている為、高性能窓がなかなか普及しません。

日本式部分間歇冷暖房の限界 – 効率化は頭打ち、増え続ける設備とエネルギー消費

ルームエアコンは住環境の改善に大きく貢献してきました。ルームエアコンによる間歇冷暖房は「効率が高い」、「環境にやさしい」、「ほどほどに」と言った良いイメージを持たれています。悪いイメージもあります。「床が冷たく、頭が暑い」、「温かい風や冷たい風が直接当たる」、「廊下、トイレ、洗面所がが寒い」、等々です。
多くの人はルームエアコンの問題と思っていますが、部分間歇暖房と断熱性の低さが原因です。
エアコンやファンヒーターよりパネルヒーターの方が心地良いと言う意見をよく聞きますが、心地良さは暖房器具だけで決まるわけではありません。パネルヒーターだけでは部分間歇暖房をする事は出来ません。部屋を暖めるのに時間がかかりすぎるからです。パネルヒーターは通常室内温度が安定する連続暖房で使用するから心地良いのです。
断熱性の低さと部分間歇暖房という悪条件で、そこそこの住環境を提供してくれたルームエアコンに多大な期待がかかっています。今まで住環境を良くしてくれたので、これからもと言う期待です。
電器、設備メーカーはこれら弱点を改善するため、多くの補助暖房機器や追加機能を出しています。設備がますます増え、電力消費も減りません。
人は常に、より良い住環境を求めるものです。ルームエアコンで改善した住環境を経験すると、今度は廊下や洗面所が寒い事が苦になり、暖房面積を拡張し暖房時間を増し、結果的にエネルギー消費が増えます。部分間歇暖房に固執すると、暖房機器がどんどん追加されていきます。
部分間歇暖房を前提にすると、断熱強化が遅れてしまいます。暖房負荷の世帯間の違いは、全館連続暖房では小さいですが、部分間歇暖房では大きくなります。共働き世帯は暖房時間が短いため暖房負荷は小さく、高齢者がいる世帯は大きくなります。床暖房などの補助暖房設備の有無とその使用頻度も影響します。結果的に標準的な基準が作りにくく、暖房使用が少なめの世帯が前提になり、断熱強化が進みません。設備重視の住環境改善では、補助暖房設備と暖房エネルギー消費がさらに増え、時が経つと補助暖房設備が必須となっていきす。リビングダイニングの床暖房は典型的な例です。暖房設備の増加は建設費を圧迫し、断熱強化に必要な追加コストを受け入れにくくします。
ルームエアコンの効率は2000年まで大きく改善し、2000年代も緩やかながら改善(年間2%)しましたが2010年以降は殆ど改善していません。
ルームエアコンによる部分間歇冷暖房と言う日本独自の方式は、エネルギー消費を抑えながら、それなりの住環境改善を達成しました。しかし効率改善が頭打ちになり、既に限界に達しています。高性能窓の開発・普及で高断熱住宅が可能になった今、発想の転換をすべき時が来ているのです。

ルームエアコンの年間販売台数と運転効率の変遷

今後の展開 – 高断熱化、再生可能エネルギーの開発、ヒートポンプによる暖房と給湯

セントラルヒーティングで住環境が大きく改善したヨーロッパでは、さらなる住環境改善より増大した暖房エネルギーと二酸化炭素排出量の削減が最も大きな課題です。このため建物の断熱強化と、石炭、石油から天然ガスへの切り替えが行われています。さらなる削減の為、再生可能エネルギーによる発電量を増やし、燃焼式暖房・給湯機器をヒートポンプ式へ切り替えていく計画です。
日本はそもそも暖房エネルギー消費が少ないため、断熱強化は軽視されてきました。
給湯用エネルギー消費が大きいため、ヒートポンプ式給湯設備(エコキュート)の普及に努めてきました。原子力発電の夜間余剰電力を使うことで二酸化炭素排出を削減する狙いでしが、福島原発事故をきっかけに原発の発電が大幅に減り、当初の目的は果たせなくなっています。エコキュートは貯湯式の為、不安定な太陽光発電や風力発電にも対応出来るので今後も普及が進んでいきます。但し火力発電所で多くの電気を発電する限りヒートポンプの効果は大きくありません。
日本は部分間歇暖房が主流の為、住環境の改善要求が強く、今後も補助暖房設備が増え、エネルギー消費削減を難しくします。人口高齢化は暖房エネルギー消費を増加させる可能性もあります。エネルギー消費を減らし、住環境を大幅に改善する必要があります。高性能窓と熱交換器型換気による断熱強化、設備の簡素化と全館連続暖房が最も合理的な解決策です。
温暖地域の人口が多い日本では、断熱強化はヨーロッパ程難しくありません。全館連続暖房でもルームエアコンを使えるため、新しい暖房機器の開発や普及は必要ありません。ヨーロッパと違い、安いコストでヒートポンプを導入できるのです。全館連続暖房の場合、暖房用電力消費は夜間におきるため、電力消費の平準化に貢献します。
日本とヨーロッパの状況は、今は違いますが、数十年後には似た形態になるはずです。パッシブハウス級の断熱性能の家を、ヒートポンプ式暖房機で全館連続暖房をする形態です。給湯もヒートポンプ式が主流となります。
再生可能エネルギーによる発電が急速に伸びているヨーロッパでは電気自動車の普及が急がれています。ヒートポンプによるガスボイラー・給湯器の置換えも電気自動車の普及と同じ流れです。電気自動車の普及は大容量電池の開発・製造や充電ステーションの設置を必要としますが、ヒートポンプによる暖房、給湯は比較的簡単です。ヨーロッパでの課題は、ヒートポンプを設置、整備できる技術者を大幅に増やす事です。日本は既にルームエアコンとヒートポンプ式給湯器(エコキュート)が広く普及している為、技術者は既に十分います。ヨーロッパとは反対に、足りないのは高気密高断熱住宅を設計できる設計士や、施工の知識や経験を持った人たちです。
優先順位が最も高いのは設備ではなく、住宅の基本性能(断熱性能、気密性能)です。基本性能を十分高くすれば、ルームエアコンやファンヒーター一台で家全体を暖房する事が可能です。北海道や東北ではとりあえずファンヒーターを採用し、十数年後の設備入替時にヒートポンプに切り替える事も可能です。十数年後には太陽光・風力発電が増え、ヒートンポンプへの切り替えによって大幅に二酸化炭素の排出を減らせる事が期待されています。