関東以西の太平洋沿岸地域と九州で目指すべき断熱性能

Passive House(パッシブハウス)と言う考え方があります。太陽光熱と、生活熱だけで暖めることができる家です。実際は晴日も、曇日があるので、100%無暖房とはいきません。暖房を極力必要とせず、晴日は殆ど暖房する必要が無い家です。無暖房と言っても家中の温度が20℃程度である必要があり、寒さを我慢しながら生活する家ではありません。屋根で太陽光の熱を集熱して、基礎に蓄熱する家を想像するかもしれません。パッシブハウスはこの様な装置に頼らず、あくまで、家の断熱性能を良くし、生活熱と窓から入る太陽光だけで暖めるのが基本です。断熱性能の改善は、暖房負荷の軽減だけでなく、屋内環境の改善や、停電時の対策にもなるからです。屋根で集熱してはだめという事ではありませんが、断熱性能を上げると屋根集熱の様な大掛かりな設備は必要なくなります。暖房設備も大幅に小型化出来ます。断熱強化に使った追加コストの一部を、設備の小型化で回収すると言う考え方です
ドイツ・パッシブハウス研究所の基準は、建物面積1m2当たりの年間暖房負荷を15kWh以下としています。120m2の建物であれば、年間1,800kWh以下です(15kWh/m2/year x 120m2 = 1,800kWh/year)。ルームエアコンで暖房を行った場合、暖房電気代は一冬18,000円程度になります(1,800kWh / 3 x 30円/kWh = 18,000円、”3”はエアコンの効率です)。

東京における断熱性能別年間暖房負荷の比較

東京の場合、高性能樹脂枠窓を備える(③)だけでは、パッシブハウスの条件を満たす事はできません。壁と床に100㎜程度の高性能グラスウール、屋根・天井に240㎜の高性能グラスウール、高性能樹脂枠窓の建物を、室内温度20℃で全館連続暖房した場合、東京での年間暖房負荷は約3,300kWhです。ルームエアコンで暖房した場合の暖房電気代は一冬約33,000円となります(3,300kWh / 3 x 30円/kWh = 33,000円)。
換気を熱交換器型に変更すると、東京での年間暖房負荷は約1,700kWhにへり、パッシブハウス基準を満たします(⑤)。ルームエアコンで暖房した場合の暖房用電気代は一冬約17,000円となります。この暖房負荷は、標準的な新築住宅(①)を部分間歇暖房した場合と同じです。部分間歇暖房時の暖房負荷は床暖房や浴室暖房等の付加暖房設備は一切考慮していません。床暖房等を使う場合には、暖房負荷は増加します。
上記の暖房負荷はesp-rと言うシミュレーションソフトによって、計算しています。

日本海側、寒冷地で目指すべき断熱性能

標準的な新築住宅の窓と換気を変更すると、部分間歇暖房と同じ暖房負荷で全館連続暖房が可能であり、関東以西の太平洋沿岸地域では容易にパッシブハウス基準を達成出来ることを説明しました。同じ家(断熱強化0)をもっと寒い所に建てたらどうでしょうか。

断熱性能の違いによる地域毎の暖房負荷の違い
断熱仕様の違い

前橋、熊本では年間2,300kWh(東京の1.35倍)の暖房負荷となります。北に行く程、暖房負荷は増え、秋田では4,900kWh(2.9倍)、札幌では6,170kWh(約3.6倍)、旭川では7,850kWh(4.6倍)に増加します。当然ですが寒くなればなるほど暖房負荷が増えるので断熱強化が必要になります。

断熱強化の効果: 寒い地域ほど費用対効果が大きい

断熱強化をした場合、同じ断熱強化でも年間暖房負荷の節約量は、地域によって違います。寒い地域ほど節約量は大きくなります。寒い地域ほど、断熱性能をよくするメリットがあると言う事です。東京と旭川を比べると同じ断熱強化で暖房負荷の節約量が3倍違うことが分かります。

断熱仕様の違いによる断熱負荷の減少量

断熱強化の経済性: 暖房費だけでなく設備費も削減できます

断熱強化2のコストを65万円とします。
断熱強化により、暖房負荷が減り、暖房設備を小型化できる場合があります。小型化できれば初期コストも減り、定期的な設備更新コストも減ります。暖房負荷の減少量が大きい程この効果は大きくなります。

断熱強化によるコスト削減

旭川から富山までの地域はFF式灯油ボイラーと温水型パネルヒーターによって暖房します。暖房負荷の削減量が大きい程パネルヒーター個数を削減できます。
東京から鳥取はルームエアコンで暖房します。ルームエアコンの設置台数は、これ以上削減できません。
ルームエアコンとFF式灯油ボイラーは15年毎に更新しますが、断熱強化の有無に関係ないのでコストの差は出ません(断熱強化によってボイラーを小さくできますが価格差はそれ程大きくありません)。パネルヒーターは30年毎に更新するためコスト差が定期的に発生します。
暖房負荷のエネルギーコストはFF式灯油ボイラー、ルームエアコンとも10円/kWhとします。

使用年数と累積コスト削減の比較

旭川では断熱強化コストを12年程(①)で回収でき、50年で累計150万円程の節約を達成します。
秋田、長野では24年程(②)で回収でき、50年で累計70万円程の節約を達成します。
新潟、仙台でも30年程で(③)回収でき、50年で累計50万円程の節約を達成します。
前橋、鳥取では初期コストの回収に45年(④)が必要です。東京に至っては60年(⑤)必要です。
経済性だけで判断すれば断熱強化2は仙台、新潟まで実施し、東京、前橋、鳥取では採用しません。富山は分岐点に位置します。
旭川、札幌では、もう一段高いレベルの断熱強化をするべきと言う結果になります。
断熱強化をする事で、富山、新潟、仙台ではFFファンヒーター1台での暖房も可能になります。この場合は設備費を大幅に削減でき、断熱補強の追加コスト分を丸々相殺できるかもしれません。