今の省エネ基準は、目指すべきゴールではありません。本当の高性能住宅は手の届くところにあります
気候変動と発展途上国の経済成長によるエネルギー需給の逼迫により、世界は大きな変革期に入っています。欧米先進国同様、日本もこの数十年で大幅な省エネを実現しなくてはいけません。家庭部門も例外ではなく2050年までに80%の省エネが必要です。風力、地熱、太陽光発電や二酸化炭素地中貯留など様々な方法で脱炭素化が進みますが、基本は大幅な省エネです。発電に占める自然エネルギーのシェアが日本の倍以上あるドイツは、大幅な省エネにも取り組んでいます。自然エネルギーを開発すれば省エネをしなくて良いと言う事ではありません。新たに開発される自然エネルギーは今後の経済発展に必要な大切な資源です。交通、運輸など省エネが難しい分野で、ガソリンなどの代替エネルギーとしても使われます。他部門より省エネが容易な家庭部門には大きな期待が寄せられています。下図(世界銀行資料を基に作成)からも分かる様に、ヨーロッパでは自然エネルギーによる発電が急激に増加しています。多くの国が当初の2020年目標を前倒して達成し、2030年の目標を引き上げています。
ヨーロッパは30年前から建物の高性能化による大幅な省エネ化に取り組み、2021年からnZEBの義務化が始まりました。日本は残念ながら動きが遅く、大きく後れを取ってしまいました。「設備重視の住環境改善と設備の効率化による省エネの実現」と言う、今までのアプローチから抜け出せない状態です。
基本性能の大幅な改善と設備の小型化が今の常識です。高性能住宅への本格的な取組は数十年前からスウェーデンやドイツで始まり、2050年までに達成する明確な目標を実現する為に、地道な努力が重ねられています。人口5億の欧州連合の政府、研究機関、住宅関連メーカー、ハウスメーカー等が一丸となり、基準、規格、検査方法、技術、製造設備を作り上げてきたのです。住宅の脱炭素化を達成するため、今後も性能改善が続きます。
高性能住宅が日本で普及しない大きな理由は認知度の低さです。技術的な問題ではありません。そもそも無暖房に近い高性能住宅の事を知っている人が少なく、知っているとしても懐疑的であったり自分の手が届くところにないと思う人が殆どです。日本の基準が低いため、それ以上の性能には「過剰な贅沢」と言うレッテルが張られてしまいます。
20年以上も実質変わっていない日本の省エネ基準は、当時のヨーロッパの省エネ基準と同様、目標に到達する為の通過点のはずでした。住宅の高性能化はの多くは断熱材を厚くしたり、隙間を減らして気密性を良くすると言った地道な努力によって達成されます。断熱材の需要が増えるため、断熱材メーカーは供給量を増やさなくてはいけません。ハウスメーカーは職人に気密性能の大切さを教え、職人と一緒に隙間を減らす工法を作り実行しなくては行けません。ハウスメーカー、国、地方自治体は施主に高性能住宅の利点を伝え、多少のコストアップを受け入れてもらう必要があります。基準を定期的に厳格化していく手法は、これら地道な努力をする時間を確保するためです。国や自治体が中小工務店、ハウスメーカーを指導、サポートできる為の知識、人材、体制、法律、組織を整備するための時間確保と言う意味合いもあります。
20年以上経っても達成率が6割と言う状況は政策の失敗を意味します。20年以上経った今でも最終目標が提示されていないことはもっと大きな問題です。この変革期に現状維持が常態化してしまいました。日本の省エネ基準は先進国の中で最も「緩い」だけでなく唯一義務化されていません。義務化されていない為、「レベルが高い努力目標」として受け取られ、本来建てられるべき高性能住宅の普及を阻害しています。
先進国の中で鎖国に近い状態ですが、数は少ないながら、積極的に取り組んでいる工務店、ハウスメーカー、建築士も存在します。手法に違いはありますが、高気密高断熱とエアコン又はファンヒーターによる全館連続暖房が基本です。窓は国産高性能樹脂枠窓・木枠窓、北欧高性能木枠窓、ドイツ型高性能樹脂枠窓・木枠窓が採用されています。
一般的な住宅に比べコストは多少高いかもしれませんが、大手ハウスメーカーと比べれば高くはありません。
一般的に寿命が短いと思われている木造住宅でも、正しく設計され、正しく建てられ、十分メンテナンスされていれば最低100年使えます。住宅の使用期間を延ばすには、100年経っても魅力的な住宅である必要があります。住環境と燃費の良さ、設備改修費の安さは魅力的な住宅の大きな要素です。室内の温度と湿度が安定している住宅ではそうでない住宅に比べ、内装や家具の劣化は大幅に少なく、新築に近い状態が長く続きます。温度と湿度が安定している家では、自然素材の反りや割れが少ないので気兼ねなく内装に使用することが出来、自然素材のエージングを味わうこともできます。
これから家を建てる方々は是非とも孫の世代、ひ孫の世代まで使える住宅を実現する事を目指してください。
ヨーロッパ並みの住宅性能は十分実現可能です
剛床工法の普及によって間仕切壁からの熱損失がなくなり、高性能樹脂枠窓、熱交換器型換気を採用する事で、ヨーロッパ並みの高性能住宅を実現できることを説明しました。
日本が大きく遅れてしまった大きな理由は、この数十年、積極的でなかった為です。ヨーロッパは5~10年毎に性能基準を改定し、住宅性能改善を着実に進めました。義務基準以上の建物を優遇することで、次世代の家の普及を後押しました。先進的な施主とメーカーが、より高性能な家を建てることで、知識や経験が蓄積され次世代住宅の義務化が可能になるのです。
日本では1999年以降、基準を見直すことはなく未だ義務化もされていません。建物の断熱性能では大きく後れを取ってしまいましたが、自動車や家電では世界で最も成功した実績があります。
1970年代から始まった自動車の低公害化では排ガス基準を数年於きに見直し、世界で最もクリーンで低燃費な車を実現しました。冷蔵庫、テレビ、エアコンと言った家電の分野でもトップランナー制度でメーカーを競わせ、世界で最も効率が高い家電を実現しました。
欧米は、自動車、家電が躍進し、住宅性能が停滞した日本とは真逆です。欧米の自動車業界は排ガス規制や省エネ基準に難色を示し、政府も厳しい規制の制定に躊躇しました。結果的に自動車や家電で後れをとりました。反面、住宅の省エネ化に関しては積極的に基準を作り、住宅性能は大きく改善しました。欧米は自動車、家電の分野で日本から多くを学び、既に追いつきました。住宅分野では、日本が学び追いつく必要があるのです。
価格が同じで燃費が二倍のヨーロッパ車が日本で売り出されたら、あっと言う間にシェアを伸ばすはずです。このような事が起きれば国内メーカーは必死になって同等の新車を開発するはずです。住宅では、このような性能の違いが実際に出来てしまいました。自動車や家電と違い、家は簡単に輸入することは出来ない為、日本の住宅の遅れが認識されず、解消されないのです。
問題は技術ではありません。断熱性能に最も貢献する窓や換気装置はこの数十年で大きく進歩し、価格も大幅に下がりました。
根本的な原因は住宅メーカーや建築士の知識が不足している事と、国や自治体にも十分な人材がいないことです。結果的に高性能住宅の普及を後押する性能基準が無く例え作っても、実現できないと言う悪循環に陥っていることです。
日本は今まで国と企業の協力によって、低公害化や省エネの分野で成功してきました。多くの成功事例は成長分野での国と大企業との連携においてです。国が目標を与え、成長分野で大企業が競争することによって目標が達成されてきました。大企業は傘下の部品メーカーや下請けと協力する事で目標達成を実現したのです。大企業は部品メーカーや下請けに対して適切な仕様(条件)を出し、場合にによっては技術的、金銭的に支援する必要があります。より高性能な製品をつくれば消費者に評価され、成長分野でより大きなシェアを手に入れることが出来、場合によっては世界市場でも優位に立つことが出来るので、部品メーカーや下請けとの煩雑な作業に取り組むのです。国は大企業とだけ連携を取ればいいのでそれ程大きな組織を必要としません。
住宅の分野は自動車や家電と全く違います。多くの零細工務店やハウスメーカーが日本中にあり、市場規模は緩やかに減少しいて、会社の高齢化も進んでいます。反対に部品メーカーにあたる窓メーカー、設備メーカーは大企業です。
零細工務店・ハウスメーカーを守りながら高性能住宅を実現するには、国がこれら零細企業を細かい所まで手厚く教育、支援する必要があります。施主を守る必要もあるので、設計図の検査や現場の検査も必要です。検査するためには、検査基準を作り、実際検査できる人員を養成する必要があります。欧米と比べこの分野に於ける国の能力は不十分なのが現状です。一例ですが欧米諸国では住宅建設中の現場検査が必須ですが日本では行われません。欧米では数十年前から断熱性能基準が義務化されていた為、検査の範囲は構造、防火だけでなく、断熱や気密の分野にまで広げられています。日本では住宅性能の義務化はハウスメーカーや施主の自由を制約すると認識される一面がありますが、欧米では自動車の安全性能と同様、施主(消費者)を守る為に必要な措置と考えれています。欧米では、使用期間が長く、命を守り、生活の質を大きく左右する住宅の、性能と品質を担保する為の基準の制定と検査は、国や地方自治体の重要な責任と認識されています。当然ながらその責任を果たすために基準、制度、組織、人員を整備しています。
日本で住宅の性能が改善されない一番の理由は国や自治体に十分な組織、人員がいないからです。この様な現状で高性能住宅を良心的なコストで実現するには、施主自身が必要な知識を身に着ける必要があります。必要な知識は自ら住宅の設計をしたり、仕様を決定するためのものではなく、高性能住宅を実現してくれる、ハウスメーカーや設計士を評価する為です。