アメリカから普及した近代住宅 – 豊富で安価なエネルギー供給が鍵
第二次世界大戦後に世界で起きた生活スタイルの変化は、アメリカの影響を強く受けています。冷蔵庫、洗濯機、テレビ、自家用車からルームクーラー、セントラルヒーティングまで、アメリカから普及が始まりました。理由は色々ありますが、豊富で安価なエネルギー資源が重要な要素です。
エネルギー関連企業は市場を拡大するため、次から次へと新しい需要を開拓しました。
第一次、第二次世界大戦で唯一国土が戦場にならず、戦争需要で大きくなった産業界が、軍需に代わる新しい市場を求めたのです。
工業化が進んだ北東部や中西部では1920年代から石炭、重油を使ったセントラルヒーティングの普及が始まりました。普及率は低く、1940年の統計によると75%の世帯は暖炉やストーブで暖房されてました。第二次世界大戦後にガスの引き込みが急激に増え、ガスによるセントラルヒーティングが普及していきます。ガス会社や電力会社が市場を開拓したのです。
家庭用ルームクーラーの普及は1950年頃から始まりました。その後、ダクト式セントラル冷暖房として暖房と冷房の両方が必要な地域に広まっていきます。
アメリカも石油危機でガソリンを使う自動車は大きな影響を受けましたが、暖房や発電に使われる天然ガスや石炭は国内産のため、あまり影響を受けませんでした。この状況は今でも変わっていません。
エネルギー業界と省エネは昔も今も対立関係にあります。国内に大きなエネルギー産業がある場合はなおさらです。住宅の省エネ化はエネルギー需要を減らし、エネルギー業界にとっては愉快でありません。省エネ政策はエネルギー業界の雇用に影響するため、政治家は大胆な省エネを実行できません。エネルギーコストが安いため、消費者も関心が薄く、断熱強化や省エネ設備の追加コストを嫌います。エネルギー事情の違いもあって、アメリカ政府はヨーロッパほど省エネに積極的ではありません。
冷暖房の普及によって家も大きく変わりました。冷暖房が普及するまでは、その土地の気候に合った家が建てらていました。夏の暑さ対策としては、高い天井、深い庇、屋根で覆われた玄関前の広いポーチなどです。窓にはルーバー式雨戸が付き、太陽光を防ぎます。家もそれ程大きくありませんでした。安い冷暖房によって、家は肥大化し、建物の地域性が無くなり、設備だよりになったのです。
50-60年前まではヨーロッパも部分間歇暖房だった
現在のヨーロッパではセントラルヒーティングが主流ですが、50-60年前までの家は、一部屋だけが暖房されていました。都市部では石炭ストーブ、石炭暖炉が使われ、農村部では暖炉で木を燃やしました。
英国の例
第一次世界大戦前までの市民の住居は、トイレ無しの2部屋が一般的でした。洗面所としても使われるDKと寝室一部屋です。第一次大戦後、住居の改善がはじまります。地主が提供していた貸部屋に代わり、地方政府が住居を提供し始めます。標準的な間取りは2LDKで風呂、トイレ付きの洗面所もありました。居間だけでなく寝室にも暖炉がつけられましたが、火おこしが煩雑で、温かくなるまで時間がかかるため、DKを夜だけ温めるのが一般的でした。居間(リビングルーム)や寝室を暖房する事は殆ど無かったようです。一方、高級ホテルや富裕層の家には水蒸気式セントラルヒーティングが普及し、使用人によって一日中稼働されていました。
市民の家は、第二次世界大戦後に都市ガスが普及し始めるまで変わりませんでした。部分間歇暖房と言うより、一室間歇暖房です。
都市ガスの普及がセントラルヒーティングの布石となりました
1950年以降、都市ガスが普及し始め、料理、湯沸し、暖房の利便性を大幅に改善します。それまでは石炭の補給、着火、灰の掃除などの煩雑な作業が必要でしたが、ガス栓をひねりマッチで着火するだけになりました。
ガスストーブが各部屋に置かれるようになり、在室時に点けると言う習慣が出来ました。寝室を容易に暖房する事が可能になり、冬は寝るだけだった部屋が、勉強したり、遊んだりする空間に代わりました。
セントラルヒーティングの普及と住環境の改善
英国では都市ガス会社が需要の増大を目指し、温水パネルヒーター式セントラルヒーティングを広めます。温水ポンプの開発によって、温水管が細くなり、工事が容易になりました。湯沸しも出来たので個別ガスストーブを置き換えながら普及していきました。普及率は1970年の30%から1990年には80%にまで増え、京都議定書が締結された1997年には90%近い普及率となりました。最近15年間の普及率は95%程です。普及の時期に多少の違いはありますが、フランス、ドイツでも、セントラルヒーティングが普及しました。
都市ガスは、ヨーロッパで採れる石炭をガス化した物でしたが、後に地域で採れる天然ガスに切り替わります。フランスでは原子力発電による安い電力で暖房を行いました。セントラルヒーティングの普及が石油危機に影響されなかった大きな要因です。
アメリカに遅れること数十年で、ヨーロッパにもセントラルヒーティングが普及し、冬の住環境が格段に向上したのです。
上図は英国住居の冬場における平均室内温度を年代毎に表したものです。セントラルヒーティングの普及とともに上昇するのが分かります。当たり前かもしれませんが、セントラルヒーティングが普及し始める1960頃の室内温度は日本とあまり変わらなかったのです。
暖房エネルギー消費の増加、石油危機以降に始まった住宅の断熱化
住環境が向上した反面、暖房エネルギー消費は大幅に増えました。1970年から2000年頃までは北海油田からのガス産出量が多かったため、価格変動の影響を受けにくく、安全保障上も安定した状況でした。この事もヨーロッパでセントラルヒーティングが普及した大きな要因です。2000年以降は北海油田の生産も減り始め、今では英国ですら50%を輸入に頼っています。ロシアからのガス輸入量も増え、安全保障は以前ほど高くありません。この点からも、ヨーロッパにとってエネルギー消費量を減らす価値があるのです。
1970年代までは既存、新築に関わらず、建物を断熱されていませんでした。石油危機をきっかけにエネルギー安全保障が意識され始めました。公害問題も深刻化し、各国が対策を取り始めました。
アメリカと日本は世界に先駆けて自動車の排ガス規制と燃費規制を導入します。日本は公害物質を多く出す発電、製鉄などに厳しい規制を導入し、世界で最もクリーンでエネルギー効率が高い工場を作りました。その結果いち早く石油危機を乗り越え、対応に遅れたアメリカやヨーロッパに対して高い競争力を得たのです。
欧米では住宅に断熱材の使用が義務化され、日本も断熱基準を作りましたが、義務化は見送られ、今に至ります。
暖房に起因する二酸化炭素排出量の削減 – 断熱性能改善と天然ガスへの切り替え
世界中で二酸化炭素排出削減の為、石油・石炭から天然ガスへの切り替えが行われています。天然ガスへ切り替えたとは言え、化石燃料を燃やしている事には変わりありません。
十数年後にガソリン・ディーゼル自動車の新車販売禁止を計画・検討する国が増えてきました。再生可能エネルギー開発が進んでいるヨーロッパでは、自動車より早い時期に、住宅の脱炭素化を目指している国もあります。
ガス給湯器では既に潜熱回収型(エコジョーズ)以外の使用は禁止していますが、数年後にはガス給湯器そのものの新規設置を認めない方針の国もあります。今後はガス、石油による給湯、暖房が無くなり、ヒートポンプに置き換わっていくと予想されています。
さらなる二酸化炭素排出量の削減 – ヒートポンプの採用
ドイツなどではエネルギー効率が高い、ヒートポンプ式セントラルヒーティングの採用が増えています。2017には新築用の設置台数がガスセントラルヒーティングを超えました。ヨーロッパでは新しい試みですが、日本で普及しているルームエアコンと基本的に同じです。日本とドイツの大きな違いは室内機器です。ドイツはパネル式放熱器から全面床暖房に移行しています。放熱面積を大きくする事で放熱温度を下げる事が出来、エネルギー効率が改善されます。心地良さも改善され、パネル式放熱器がないため室内もすっきりします。風力や太陽光発電が増えれば増えるほど、ヒートポンプ暖房の二酸化炭素排出量が削減されます。
ヒートポンプ暖房の効率は、寒冷であればあるほど落ちてしまいます。北海道や東北地方で灯油とガスが主流なのも同じ理由です。ドイツの冬は東北地方と似ているので決してヒートポンプに適しているわけではありませんが、積極的な取り組みが続いています。
ドイツで2007年から10年間続けられたモニタリングプロジェクトで、平均効率が2.9~3.2であることが確認されました。この性能は日本の温暖地域(東京、新潟)でのルームエアコンの実性能と同程度です。ドイツは全館連続暖房なので、効率が高い中間出力でヒートポンプを連続稼働させることが出来ます。部分間歇運転した場合は立上げ時が高出力で、安定時が低出力になるため、本来の実力を発揮させることが出来ません。
ドイツではヒートポンプの効率を上げるため、外気から熱を回収するのでなく地中から熱を回収する方式も採用されています。地中熱回収の場合は平均効率が3.9~4.3であることがモニタリングプロジェクトで確認されています。ドイツの地盤は熱伝導率が高く、蓄熱量が大きい花崗岩が多いため、地中熱回収に適しています。井戸のような穴を掘り、屋外機の一部を地中に埋める工事は決して安くありません。工事機器の開発や量産効果で、工事費は削減されていますが、最低40-50万円かかります。ヒートポンプ設備と合わせると大きな投資が必要です。
ヨーロッパでヒートポンプ式暖房の普及が最も高いのはスウェーデンで、2番目がフランスです。スウェーデンは発電で100%の脱炭素化を達成しています。電気が安く、ガスが供給されていない戸建が多いのがヒートポンプ式暖房普及の理由です。冬の気温が低いので決してヒートポンプには適していません。実効率は2程度になりますが、それでも電気ヒーターに比べ2倍の効率があるため採用されています。
原子力発電が発電量の70%を占めるフランスでは、電気パネルヒーターが主流でしたが、効率が高いヒートポンプ暖房が代りに採用されるようになりました。
ヒートポンプの普及は暖房だけでなく給湯でも起きています。ガス、灯油を使った給湯器からヒートポンプ式の給湯器への移行が始まっています。