前回のブログは高気密高断熱住宅における暖房用エアコン選びの話でした。今回は前回のブログで書けなかった事を取り上げます。
まずは前回のまとめです。
前回のまとめ
- エアコンの大きさは、建物の代表的な暖房負荷をエアコンの「中間出力(定額出力の50%)」でまかなえるようにする。
- 「吸い込み温度」20℃、外気温度7℃で定義されている定額出力、中間出力を実環境に合わせて補正する必要がある。
- 全館連続暖房の場合、代表的な暖房環境は外気温度は7℃ではなく2℃に相当し、7℃における中間出力を17%増やす必要がある。
- 代表的な暖房負荷、暖房環境が2.2㎾、2℃の場合、暖房定額出力が約5.2㎾(2.2kW x 1.17 x 2 = 5.16kW)の機種で効率が良くなる。定額4.0㎾型の暖房定額出力は5.0㎾。
- ベーシックモデルの4.0㎾型の効率は低いので、効率が高い5.6㎾型の方が効率が良い。
- 高性能エアコンの場合は2.8㎾型が良い。高性能モデル2.8㎾型とベーシックモデル5.6㎾型の性能はよく似ている。
補足になりますが、東京ではなく北海道で全館連続暖房をエアコンで行う場合を考えてみたいと思います。
東京より平均温度が10℃低く、暖房負荷は同じ(2.2kW)とします。暖房負荷は同じでも暖房環境は外気温度-8℃(相当)となります。2.2㎾の暖房出力を温度で補正すると3.55㎾となり、暖房定額出力7.1㎾の6.3㎾型エアコンが妥当となります。ガス、灯油で暖房する場合は暖房負荷だけを考慮すればよいのですが、エアコンの場合は内外温度差を考慮しなくてはいけないと言う事です。高性能2.2㎾型と高性能4.0㎾型を比べると代表的な暖房負荷、環境でのCOPはそれぞれ3.6と5.0になります。4.0㎾型の方が2.2㎾型より効率が39%良くなると言う事です。この様な改善を断熱強化で達成するには相当のお金が必要になりますが、エアコンではそれ程の追加コストは掛かりません。エアコンの選定は重要なのですが、国やメーカーは必要なガイドラインを出していないのが実情です。
全館連続冷暖房には容量可変コンプレッサーは必要ありません
聞きなれない言葉と思います。通常のエアコンより「最低出力」を小さく出来る技術です。
前回のブログに書いた様に、インバーターエアコン以前は「最低出力=定額出力=最大出力」でした。負荷が小さい時はオンオフで対応しました。インバーターにより出力が可変になり、最小・最大出力の比は1:5以上になり、最近は1:10程度の機種が多くあります。
住宅の高断熱化によってエアコンの負荷は小さくなっています。寝室、子供部屋であれば数百ワットの冷暖房出力で十分な場合もあります。この様な環境で連続運転を可能にするのが容量可変コンプレッサーです。実際には小型のコンプレッサーとオンオフできる通常コンプレッサーを組み合わせたものです。低負荷の時は小型コンプレッサーだけを運転します。
上図は東京の標準住宅での全館連続冷暖房と、LDKの部分間歇冷暖房での冷暖房負荷をシミュレーションしたものです。
橙色の線は現行省エネ基準の冷暖房負荷で、赤色の実線、点線は高気密高断熱(Q値1.2、1.0)の冷暖房負荷です。
現行省エネ基準全館連続暖房の場合、暖房負荷の山が3.5kWにあり、高気密高断熱の場合は2.0kW~1.5kWに移ります。
現行省エネ基準部分間歇暖房の場合、2個の山があります。1kWと5kWのあたりです。1kWにある山は安定運転時の暖房出力です。5kW近辺の山は暖房立上げ時の高出力運転時の物です。立上げ運転の山は機種、ユーザーの温度設定等によって大きく変わりますがポイントは間歇運転では2つの山が出来ると言う事です。APFが前提としている暖房環境では、この2個の山の間の暖房出力で高い効率が実現されるのですが、簡潔運転では存在しません。効率が低い低出力、高出力での運転になってしまいます。
この問題を一部解決するために容量可変コンプレッサーが使われています。
高気密高断熱の全館連続暖房では山は1個です。前回のブログで説明したように、この山の出力で効率が高い機種を使います。
上図から分かる様に、山は1個ですが、低出力負荷は存在します。この低負荷環境では容量可変コンプレッサーが役立つと思えますが、実際の暖房運転では1kW以下の出力での運転は殆ど起きないはずです。上図の冷暖房負荷はあくまでもシミュレーション上の事です。
我が家における実暖房出力
上図は2016~2017年冬の実暖房出力に関するデータです。暖房期間中の外気温度と暖房消費電力、暖房出力をグラフにしたものです。右下がりの点線は計算上の暖房負荷です。本来ならば温度が下がるほど暖房出力が増加しますが、実際は2.3㎾を維持し殆ど変動しません。あたかもエアコンが外気温度に関わらず出力を一定にしようとしている様に見えます。
上図は2017年1月31日~2月3日の実データです。3日とも晴れていたので、昼間は暖房を止めています。2月1日0時近辺から気温が下がり始めます。点線は外気温を考慮した計算上の暖房負荷です。実際の暖房出力は0時以降も変わらず、計算上の暖房負荷より低い状態が続きます。室温を見ると0時の21℃から6時間で0.8℃程下がっていくのが分かります。翌日も同じです。
理由は簡単です。エアコンは設定温度と室温、室温の変化率を見ながら出力を調整しています。室温に関しては設定温度±1℃であれば出力を維持します。温度変化も1時間当り0.1℃程度であれば観測すらできないはずです。エアコンは温度変化が無いと判断し、出力を維持します。一般的なシミュレーションでは冷暖房機器の精度までは考慮しません。
2月2日0時からのデータを見ると、暖房出力が平均0.7kW程足りない事が分かります。室温は0時から7時の間に0.9℃程低下しました。家が蓄えている熱をゆっくり出しながら冷えていったと言う事です。大雑把に計算するとこの家は4600リットルの水に相当する熱容量を持っている事が分かります(0.7㎾ x 7h / 0.9℃ = 5.4kWh/℃ = 4,644kCal/℃)。全館連続暖房をすると、石膏ボード、床材、家具、本、等々、あらゆるものが蓄熱します。
上図は東京における典型的な冬日の実データです。「計算暖房負荷」は太陽光による熱取得は考慮していないので日が出ている時間帯は有効ではありません。グラフから分かる様に日中は暖房を止めます。それでも室温は上昇する事が分かります。日が沈み始め、室温が20.5以下になると暖房を再開します。
春が近づき温度が高くなると暖房負荷は小さくなります。その時は日中の暖房を止めている時間が長くなります。下図は2017年3月17日から21日までの実データです。
3月中旬になると暖房の日中停止時間が長くなっている事が分かります。暖房出力自体は1月と変わっていません。
3月20日は夜になっても暖房を入れませんでした。我が家では1日1回ずつの暖房オンオフ以外は特別な事はしていません。温度設定は22℃、風量は「強」で固定しています。
最低出力が高い我が家のエアコン(暖房最低出力:1.73㎾)が苦手としているのは晩秋や初春の温度が十数℃の曇り日です。日射取得が無い為室温は上がらず、1㎾程度の安定的な暖房が必要です。この時暖房を入れると不安定なオンオフ運転になります。
全館連続冷暖房では出力数百ワット程度の小出力は必要ありませんが、1kW程度の小出力運転があればより快適な季節の変わり目を過ごすことが出来ると思います。
整合性が取れていない各種規格、基準
この数十年で家の断熱性能がそれなりに改善されたにも関わらず、ルームエアコンの出力区分は無暖房住宅を基本とし、APFも無暖房住宅を6時~24時まで冷暖房する事を前提に計算されています。この様な住宅で、この様な使い方をする住宅は何%あるのでしょうか。
実際には部分間歇冷暖房が主流で、現行省エネ基準の家での暖房出力はAPFの想定とは全く違います。メーカーは顧客の心をつかむため、冷暖房の立上げの速さに注力しています。立上げを早くすればするほど高出力運転になり、機器の出力を大きくする必要があり、効率も落ちてしまいます。安定運転時の負荷が低い為、「可変容量コンプレッサー」の様な複雑な機構が必要となります。一番の問題はこの「一般的」な運転方法での効率が公表されていない事です。
安定運転だけを考えれば無断熱6畳用の2.2㎾型は、現行省エネ基準の家では0.7~0.8㎾程度で十分のはずです。この様な小出力機種があれば可変容量コンプレッサーの様な複雑な機構は必要ありません。
住宅の省エネ評価では冷暖房機器の効率も評価対象となっていて、ルームエアコンは実質、部分間歇冷暖房用と位置づけされています。APFの前提条件とは一致しません。可変容量コンプレッサーを搭載したルームエアコンは小出力での効率が高い為、住宅の省エネ性能を良くしてくれます。本来は省エネ基準住宅に適したエアコンの出力区分と評価基準があれば、もっと用途に合った機種が出てくるはずです。
日本の気候は多種多様と言われています。にもかかわらずエアコンの出力区分とAPF評価基準は東京の気候を前提としています。
北に行けば行く程、暖房負荷は増え、内外温度差も大きくなるにも拘らず適切な機種選び、運用方法に関するガイドラインは存在しません。
殆どのメーカーは一般モデルの他に寒冷地用(高暖房)モデルを出しています。寒冷地モデルの諸元も東京の気候を基準としています。せめて外気温度2℃、-3℃、-8℃における最小、中間、定額、最大出力と消費電力を記載してもらいたいものです。
ルームエアコンの「設計上の標準使用期間」を10年としているメーカーが殆どです。前提となっている標準的な使用条件は日本工業規格JISC9921-3として制定されています。この中で年間の使用時間は冷房、暖房それぞれ1,008時間、1,183時間となっています。これはAPFの前提使用時間の半分ほどです。
住宅とルームエアコンに関する省エネ性能の前提条件がバラバラで整合性が取れていません。